来るべきニューノーマルの時代を前にして、ビジネスの世界で生き残るためにはデジタル・トランスフォーメーション(DX)を実現しなければならない、という流れになってきた。
このDXで注目される要素の一つが「働き方の変化」。業務や働き方をどのように変え、激化する生存競争を勝ち抜くのか?
そのためには、単なるデジタル化=デジタライゼーションではなく、デジタルの力を借りて、ビジネスのあり方や進め方を変革させ、新たな付加価値を創造していく必要がある。
もっとも、「デジタルツールの導入=DX」とならないのが難しいところ。経営層と現場が一体になってDXに取り組まないと、ツールの導入に失敗し、大きな損害を被る場合も出てきてしまう。
そこで今回は、PFUの森川 覚(官庁・公共営業統括部)が、様々な企業の働き方改革を見てきているフリーランスライター 柳谷 智宣氏に「DXで変わる働き方」について聞いてみた。働き方に関するツールやサービスはどういれたら成功し、また失敗してしまうのか、考える材料にしていきたい。
- 第1回 「Withコロナ時代、生活はDXでどう変わるのか?」中国事情から考えてみる
- 第2回 日本企業に求められるDXとは?「2025年の崖」を超えるために
- 第3回 「変わる世界」を技術の視点でみたらどうなるか?
- 第4回 デジタルツールの導入が命運を分ける!DXで変わる働き方
- 第5回 DXで製造業はどう変わるのか?

柳谷 智宣
ITライター。デジタルガジェットからウェブサービス、コンシューマー製品からエンタープライズ製品まで幅広く手掛けている。最近はBtoB市場のSaaSを中心に取材、執筆を行う。飲食業やウイスキー販売会社も経営しており、デジタル好きと経営者の両方の目線で製品やサービスを紹介するのが得意。無類の酒好き。
ほとんどの業務でデジタルツールが活用できる
[森川]テレワークが新型コロナウイルスで広まり、同時にDXが話題になっています。「DXを推進できれば働き方も変わる」とも耳にしますが、どんな業務がどんな風に変わるのでしょうか?
[柳谷氏]一口に「デジタル・トランスフォーメーション」と言っても、提唱する人や組織によって少しずつ内容が異なります。ここでは「ITと現実を融合させてビジネスのプロセスを変革させるもの」と考えて、お答えしますね。
働き方に関わるDX的なツールやサービスは数え切れないくらいあります。企業のほとんどの業務領域で、デジタルツールやサービスが用意されているといっていいでしょう。
経理や会計業務を効率化するフィンテックや、人事や総務業務を支援するHRテック、法務部門で活用されるリーガルテック、ITで教育を改革するEdテックなどが広がってきています。足を使うイメージの営業も、新型コロナウイルスの影響でオンライン営業ツールが爆発的に普及しています。
具体的な業務で言っても、コミュニケーションは電話やメールからビジネスチャットに移行しつつありますし、会議もオンラインが当然になりつつあります。昔ながらの「紙とハンコ文化」にも、いよいよ電子契約の波が押し寄せてきました。企業の受付もタブレット端末で代替されていたりしますし、オフィスをバーチャル化するサービスも新型コロナウイルスの影響で注目されています。
また、RPA(Robotic Process Automation)と呼ばれる自動化ツールで、単純作業を代替することも増えています。人の代わりにパソコンを働かせて、その分、人は付加価値を創造することに集中するわけです。
これらが今後、進んでいくでしょう。

デジタルツールは業務や生活に欠かせないほど普及してきています。
[森川]改めて全体を見てみると、やはりかなり多岐に及びますね。そのように「業務をデジタル化」したことで得たデータを活用できるのもDXのメリットだと思うのですが、そうした点ではいかがでしょうか?
[柳谷氏]はい、デジタル化したデータを徹底的に活用できるのもDXのポイントです。
例えば、コミュニケーションツールなどと連動して、従業員のモチベーションを管理したり、個人のスキルを評価したり、人脈を活用するサービスがあります。今までは上司の胸先三寸だった情報を可視化し、共有することで公平な判断が下せるようになります。
また、AIの進化によるデータ活用も注目点で、特に画像分析では人の目を超えつつあります。OCR的な活用は既に普及していますが、それ以外でも業務フローで活用する、というサービスは今後も増えていくでしょう。

医療分野でのAI画像認識の例。X線検査の画像を解析し、医師の診断をサポートするサービスも登場しています。
[森川]そこまで行くと確かにすごそうですね。でも、なぜ「今」なんだろうな、と思います。新型コロナウイルスの影響があるにせよ、「業務をデジタル化」するようなニーズやサービスは以前からあったと思うのですが。
[柳谷氏]一つの転機となったのは、2018年に経済産業省がDXレポートを発表し、「2025年の崖」というキーワードが話題になったことですね。
同時に、人手不足を背景とした働き方改革もトレンドとなり、それまで消極的だった企業も業務効率の改善に挑戦するようになりました。
なので、新型コロナウイルスの影響が出る前から、デジタルツールの市場は右肩上がりだったのですが、今に至っても僕は「DXが本当に普及した」とは思えないんですよね。アナログな業務は各社に根深く残っていますし、デジタル化に失敗して、元に戻っていることもあります。
最近広まったテレワークにしても、緊急事態宣言解除後、全員出社に戻している企業がたくさんあります。
DXとは、既存業務のデジタライゼーションを経て、ビジネスのあり方を根本から変革し、付加価値を生むということです。その意味では、まだDXの普及はこれからだと思っています。

https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/pdf/20180907_01.pdf
経済産業省が公開しているDXレポート内で紹介されている、DXの実現シナリオです。
デジタルツールのメリットは計り知れない………「無駄の削減」「データ活用の促進」「意思決定の迅速化」……
[森川]働き方改革に関するDXを説明する時、「つまり、業務効率の改善ツールですよ」というのは理解してもらいやすいのですが、日々の作業に落とし込んだ時「どういうメリットがあるのか」というのが、なかなか説明しにくいと感じています。そもそも、「どんなサービスを入れていいのかわからない」というのもありますし。現場にとっては具体的にどんな恩恵があるのでしょうか?
[柳谷氏]説明しやすいメリットは、まず「無駄な業務が減ること」かと思います。
例えば、契約書は「Wordで作り、印刷し、製本し、印紙を貼って発送していた」のが、PDFを送るだけで済むようになります。稟議書だって「印刷して、ハンコを押して、上司のところを回る」のを電子化すれば、はるかに短い時間で処理できます。
また、紙からデジタルに手作業で転記、ということも未だに多いはずですが、ワークフローを最初からデジタル化すれば、時短とミスの抑制になります。削減できた時間は、より高い付加価値を生む業務に集中できるようになるわけです。
その結果、マネジメント側から見ても、余計な人件費が抑制でき、ビジネススピードもアップ、社員が嫌がりがちな単純作業をなくせるので、モチベーションもアップします。結果、残業を減らす、なんてこともできますし、テレワークのような自由な働き方もやりやすくなります。
自由な働き方を実現することで、従来の仕組みには合わなかった有能な人たちに働いてもらえるようにもなります。「自由な働き方」は企業の魅力となり、採用のしやすさにもつながるはずです。
また、デジタル化することで、データの再活用が促進され、新しい価値も生まれます。
従来は、倉庫の膨大な紙資料から必要な書類を探すのは手間でしたが、デジタルならキーワード検索するだけで見つかります。すると、資料を参考にした戦略立案や、資料作成が短時間で済みますよね。
さらに、月に1回、前月のレポートを見ていた経営者が、リアルタイムで経営情報を把握できるようになれば、いろいろな気付きが生まれる筈です。それまでは思い浮かばなかったような施策に挑戦し、業務効率の改善や売り上げアップにつなげている企業もたくさんあります。

アナログの情報がデジタル化されることで、管理と活用の手間が大きく省け、新しい価値を創造できます。
[森川]こうして、話をまとめてお伺いすると、やっぱり「メリットだらけ」になりますよね。でも、現実にはなかなか「導入しよう」という決断にならない。これって何故なんでしょうか?
[柳谷氏]それはやはり、「自分の業務手順が変わることを嫌う」というのがベースだと思います。
心理学では現状維持バイアスと言うのですが、「少々不便でも、今の状態を続けたい」という心理が働きます。例えば、Excelに慣れているとUIが変わるだけで苦痛を感じますよね? 新しいUIの使い方が難しいと、使うことさえ嫌がる人もいるでしょう。
別の要因としては、有用な情報を自分だけで抱え、共有を嫌がる人もいます。職場における自分の価値を高めるため、近視眼的に属人化してしまう、というわけです。
また、現実には、新しいツールを導入しても「作業が増えるだけ」の場合があります。例えば、「経営陣がデータを見たい」という理由で、現場メリットのないデジタルツールを導入した場合です。こうしたことが起きると、その後も含め、現場の反発が生まれてしまうのです。
[森川]それはとてもよく理解できます(笑) マネジメント側の要因もありますよね。
[柳谷氏]そうですね。実は、現状維持バイアスはマネジメント側でも働いていて、「現状で仕事が回っているならそれでいい」と思ってしまうマネジメント層の方々も多くいます。
デジタルツールを導入するには、コストもかかるし、詳しい人もいない。「それなら、今じゃなくてもいい」と考えてしまうのです。マネジメント層がITに疎く、今更勉強したくない、という意識が見えることもあったりします。
様々なカンファレンスで現場の人たちと話すのですが、よく聞く声の一つが「システム導入に反対している役員が退任するのを心待ちにしている」というものです。社長を含め、それ以外のほとんどがITシステムの導入を望んでいるのに、声の大きい抵抗勢力が阻んでいるケースが多々あるのです。これはとても大きな機会損失になっていると思います。
必要なのは社員の納得と社長の強いメッセージ
[森川]「変化を嫌う」というのは全方向にあるわけですね。確かに僕も仕事をしていて、「そのハードルは大きい」とつくづく思います。そのハードルを乗り越えるにはどうしたらいいでしょうか?
[柳谷氏]企業文化を変えようとすると、普通、強い抵抗が起きるので、社長からトップダウンで明確なメッセージを繰り返し発信することが重要だと思います。
そのためには、経営陣がツールのことをしっかり理解し、「導入して活用するのだ」という確固たる意思を持つ必要があるでしょう。「ツールを契約してお金を払えば効果が出る」と考えたくなる経営陣の方もいると思いますが、それではなかなかうまくいきません。
導入を主導するのはシステム担当者だとしても、「本気で取り組む」という姿勢を見せて援護射撃をする必要があるわけです。
[森川]なるほど、トップダウンでのメッセージが重要、と。では、もう一方の現場に近いレベルでは、どんなコツやポイントがあるのでしょうか?
[柳谷氏]そうですね。まず、社員がツールを使えるようになれる勉強会や情報システム部のサポートは必要です。
また、そもそもの話になりますが、担当者が自由に動けるよう、ちゃんとした裁量を持つことも重要だと思います。
例えば、ツールを入れてしばらくすると、足りない部分がわかってきて、有料オプションや連携サービスが必要になる、ということがあったりします。しかし、導入時の稟議を最低価格で通した結果、「連続して稟議を出せないから、運用でごまかすことになった」なんてことが起きたりします。成果を出している企業は、担当者が裁量を持っているので、こうしたことは起きません。
また、新しいツールは、何はともあれ使ってもらわなければなりません。ツール導入の目的とメリットを社内に対して繰り返し説明するのはもちろんですが、うまく行っている企業では、意図的に「使ってもらう理由」を作ったりしています。
たくさんの会社を取材していて印象的だったのは、有給休暇や福利厚生を申請する際、新ツールを使うようにしていた会社です。誰でも有給休暇はとりたいですよね?(笑) その会社では、有給休暇や福利厚生がきっかけとなり、個々の社員が使い始める、ということが起きていました。
なお、デジタルツールを本当に効果的に使いたいなら、既存業務を棚卸しして、「ツールに合わせた新しい業務フロー」を構築する必要があります。
昔ながらの慣習や「紙とハンコ」文化に根付いた冗長な手続きをデジタル上で再現する必要はありません。本当にビジネスを進めるにあたり、「その作業が必要なのか?」をきっちり再検討するのが良いと思います。
ただ、本当に検討した結果なら、わざと変えないやり方もあっていいと思います。例えば、企業の理念やビジョンに沿った手順だったり、「非効率でも安全性・信頼性を変えたくない」という場合は、こうしたやり方になると思います。
そうした場合でも、現在広まりつつある、ローコード・ノーコードのプラットフォームを使えば、ほぼプログラミングなしでシステムを構築できるので、(システム開発会社を頼るのではなく)自社の現場主導で開発することができます。コストが安く済むのはもちろん、短時間でツールを自作できるのが大きなメリットです。一番詳しい現場が作るため、よくある伝達ミスによるトラブルなども起きません。
[森川]なるほど、結局、経営陣と現場が協力して変えていかなければならない、と。そういうメンタリティを醸成するのも大変ですし、業務の棚卸しを進めることもとても手間だと思います。「うまく導入した企業の共通点」みたいなものってあるのでしょうか?
[柳谷氏]そうですね。あるコンサルタントに取材したときにジョーク交じりで言っていたのですが、1回目のツール導入は大体失敗し、2回目のツール導入は成功しやすいそうです。
なぜなら「1回目はデメリットだけが目について抵抗するのですが、デジタルツールを入れるメリットを体感したため、2回目は自分たちの意思で導入するから」だそうです。利用する現場の人たちの納得感が重要だというエピソードですね。
もちろん、1回目から成功するのが一番いいわけですけども。
繰り返しになりますが、ツールの導入担当者が孤軍奮闘するだけでは、力が足りません。
勉強会などを社内で開き、ツールのよさを理解してもらい、「担当者のコピー」を各部署に作れたら導入の成功確率が上がります。部門を横断して、ツールに詳しい人を育てると、社内の活用度が向上し、担当者の作業量が減るというメリットも生まれます。

社員がツールの導入に納得し、活用してくれるように努力が必要です。
[森川]最後になりますが、今後のニューノーマルな時代において「DXによる働き方改革」の重要性はどうなっていくと思いますか?
[柳谷氏]新型コロナウイルスの影響はしばらく続きますし、加速したDXの流れは止まりません。他の企業が様々な業務を効率化しているのに、自分の所だけが余計な人件費と無駄な時間をかけていては、激流のビジネスシーンで生き残ることはできません。
デジタルツールを活用して業務効率を改善し、時には企業文化を変化させてDXを実現し、さらなる付加価値を創造しましょう。2030年に実質GDPを130兆円押し上げられるように、日本の企業がDXを推進することを願っています。
聞き手
森川 覚(官庁・公共営業統括部 第二営業部)
2013年入社の8年目。産業営業統括部に配属、医療系商談一筋の経験後、2019年11月より官庁・公共営業統括部に異動。PCサーバからサービス・ソリューションまで、「売れるものはなんでも売る」のがモットー。素性は寡黙で実直、酒も煙草もたしなまず、お客様第一を掲げ日夜営業活動に邁進している。趣味は映画鑑賞と読書、最近は風景写生に入れ込む、文化人肌の30歳。