「変わる世界」を技術の視点でみたらどうなるか?
~変わる世界とDX(デジタルトランスフォーメーション)第3回~

2020.12.2

現代で進むデジタル・トランスフォーメーション(DX)で、重要なキーとなるのが「技術」である。

AIや5G、IoT、ブロックチェーンなど、注目されるデジタル技術は多数あるが、それぞれの技術的な深さはもちろんのこと、適用範囲や技術の進展度合いも違い、「実際のところ、どうなのか?」が分かりにくいのもまた事実。

そこで今回は、PFUの村田 剛彦(インダストリープロダクト事業部 第一技術部)が、最新テクノロジーに詳しいテクニカルライター 大原 雄介氏にインタビューを行った。技術者からみた「DXの技術」はどうなのか、これからの展望を技術視点で見ていきたい。

大原 雄介

主にプロセッサ・メモリ・インターコネクトなどの先端テクノロジーと組み込み系全般をカバーするテクニカルライター。エンジニア時代は、ハードウェア設計からドライバ・ミドルウェア・アプリケーションときて、インストールとサポートまで手掛ける。DXに関わる最新動向も見ているが、気が付くと歴史を語る依頼ばかり来るのは四捨五入すると還暦という年齢のせいか。本業は猫に傅く事で、その費用を稼ぐためのテクニカルライター業もかれこれ30年に達する。

製造業のDXはIIoTとAIで……

[村田]DX全般を概観して「技術」というとまず何が挙げられるでしょうか?

[大原氏]DXといっても、例えばAmazonぐらいの大規模な企業ですと、「まずAWSを作りましょう」という話になります。一方で、中堅企業の中には「まず紙を何とかしないと」という所もおられる。どういう話をメインにしましょうか?

[村田]僕として特に関心があるのは、やはり中堅企業ですね。PFUはエッジソリューションパートナーを標榜しておりまして、製造業などのお客様も多いですし。

[大原氏]そういう視点でしたら、まずはIIoT(Industrial IoT)とAIですね。

例えば中堅の製造業さんの場合、製造装置が全部繋がっているとか、リモートで操業できるような企業さんはまだ少ないですよね。

特にCOVID-19で、「人を減らしてオペレーションしないといけない」という要件が降ってきて、でも実際には装置がそうなっていない。そして、いきなりフルにリモート化しようとすれば、装置の入れ替えになっちゃいます。なので、現実的には、例えば装置の稼働状況、消費電力や水の消費量のモニタリングなど、できるところからDXを進めていきましょう、という話になります。なので、まずIIoTが出てきます。

そして、IIoTでPoC(概念実証)を進めてデータを取っていくと、必ず「このデータどうしよう?」という話になってきます。

最初はクラウドに全データを上げて処理したりするのですが、そのうちデータ量の多さなどで「やってられるか」ということになり、エッジで処理したい、という話になるんですね。ここでAIが出てきます。

また、製造拠点が複数あったりすると、セキュリティの問題も出てきます。こうした事への対処はその次のステップでしょう。本当は全部一緒にやってゆくべきなんでしょうけど、実際はそんな感じでしょうか。

工場のIoT化、AI化がDXの一つのアプローチ手法

[村田]そこでデータを「見える化したい」という要望はあると思うのですが、デファクトスタンダードと言えるソフトはあるんでしょうか?

[大原氏]世の中のIoTクラウドと呼ばれるものは、大体がデータを処理するためのツールが同時に提供されていまして、これで見える化が可能、とされます。

その意味では、利用するクラウドを決めると、そこで使えるデファクトなツールというものがあるわけですが、「どのクラウドを使うか」に関してはまだデファクトがないので(笑)。逆に、今後はそこが差別化の焦点になってゆくと思います。

IIoTは普及段階、AIは「まさに今から」

[村田]私は仕事でディープラーニングを扱っておりまして、まさにAIやIIoTに特に興味があるのですが、大原さんは、業界全体をどのように見ていますか?

[大原氏]まず、普通のIoTは結構普及してきているわけですが、IIoTもIoTも基本的な技術要素はさほど大きく違わないと思っています。

高信頼性が求められるとか、精度が一桁上がるとか、細かく言えば違う部分もありますが、基本的な要素は同じ。その意味では普及段階に入っていると思いますし、実際、既にIIoTを導入している所も少なくないですね。もっとも、自社工場の生産技術を広くアピールする必然性はあまりないので、その情報はあまり表に出てきませんが。

ただ、IIoTの問題はその先のステップである「AIに繋がるところ」で、結構皆さん困っておられる。

例えば製造段階の不良率を統計的にモニタリングしていて、ある閾値を超えたら警告を出す、というのはIIoTの範疇です。ただそこから一歩踏み出して、「このパラメータがこうだから、不良の原因はここだ」というのをAIを使って皆さんやりたがっておられる。ところがそのツールがない。

カメラを使った不良検出はAI活用の最前線の一つ。

[村田]予兆的なところですよね。

[大原氏]そうです。実はAIのハードウェアは簡単に用意できます。問題はソフトの側で、今はお客様とAIを専門にやってるベンダーさんが共同で「どうやってモデルを作ろう」「どうやって学習しよう」というのをやられているところですね。ただ、これも成功事例として公表されるものは多くありません。

[村田]PoC止まり、という話はよく聞きます。PoCは色々やるものの、何か定量的なものが無いと、工場の方を説得できないというか。

[大原氏]技術面で言うと、画像処理以外のネットワークの種類があまりない、という問題もあったりします。

画像処理であれば、CNN(畳み込みニューラルネットワーク)のネットワークがしっかり使えるのですが、画像以外のものにAIを使おうとしたとき、「使うネットワークをどうしよう」ということになる。もちろん、RNN(再帰型ニューラルネットワーク)やLSTM(長・短期記憶)など、使える技術はあるわけですが、やっぱり充実しているとは言えないんですよね。

こうした問題が解決されると、もっと事例が増えてくると思います。

[村田]僕の経験でも、センサーデータは閾値で警告を出すだけでも効果的なので、「AI要らないよね」になりがちです(笑) 「予兆を知らせる」まで必要になるなら、AIを使うことになるのですが、なかなかそこまでいかない。

[大原氏]「予兆を知らせる」というのは十分な知見がないと難しいのかな、と思います。

数年前、GEさんがPredixというIIoT向けシステムを大々的に発表したんですね。例えばジェットエンジンの振動などのデータを基に、部品の交換時期を最適化、稼働率を高めるという話だったんですが、最終的にGEさん、Predixそのものを売却しちゃいまして。

要するに「言うのは簡単なものの、やるのは難しい」という話だなと。

今後は「中国のスピード感」と戦えるか?

[村田]そうした環境下、「自社工場を持っている」「エンジニアが多数在籍している」というのはどのようなメリットになるのでしょうか。

[大原氏]様々な外乱の影響を最小限にしやすい、というのがメリットになるのだと思います。

たとえば、ちょっと前のPCビジネスでは、「製造は全てODM任せ、ソフトウエアはオフショア、サポートは外注、本社は企画部門だけ」といった体制のメーカーさんがあったのですが、現在、そういうメーカーさんは全部撤退を余儀なくされました。

もちろん、景気が良い時にはそういう体制でも回っていたけれども、昨今の状況ではそういう体制だとうまく行かない。特に今、中国はCOVID-19や水害などの影響で、かなり生産に支障が出ています。そうした影響を最小限にできるのは工場とエンジニアを持つ強みだと思います。

とはいえ、中国がリカバーした時には、再び競争が厳しくなるでしょう。理由は色々ありますが、一番強く思うのはスピード感です。

例えば中国の工場にオンラインで試作を頼むと3日で試作品が届き、1週間で量産に入ったりする。日本だとまず営業がお伺いして契約を...とかで、スピード感が全然違います。

もちろん、中国で生産すると、故障率の単位がppm(100万分の1)ではなく%になってしまうようなこともあり、それはそれで大変なのですが、そうしたデメリットを踏まえても、中国で生産を選ぶメーカーさんが多いのは、そのスピード感だったりします。

そうした条件下でどのように強みを発揮していくのか、というのは御社に限らず、工場をお持ちの多くの会社さんに是非検討していただければと思います。

[村田]なるほど、ちなみに、そういうトレンドの中で、弊社にどういうサービスが今後求められていくと思いますか?

[大原氏]現状のPFUさんのラインナップですと、IntelさんのAtom CPUをベースにしたSoM(システム・オン・モジュール)とかSBC(シングルボードコンピュータ)を出されていますので、そこから上のクラス、というイメージですよね。

その範疇で申し上げると、まず身近な話でいえば、IoT+AIのInference(推論)向けに、CPUとアクセラレータまたはFPGA、それとソフトウェアスタックを組み合わせた、「これ一つでIoTもInferenceも出来ます」というパッケージがあると、少なくともPoCにはすごく役に立ちますね。更に言えば、例えば振動センサーを外付けにした時に、それを扱えるソフトウェアパッケージが提供されると、すごく喜ばれるだろうと思います。

「5G」「ブロックチェーン」は条件次第

[村田]そのほかの技術分野としては例えば、5Gやブロックチェーンなどもありますが、大原さんから見て、これらの技術はいかがでしょうか?

[大原氏]一つ目の5Gですが、現状、やっと各社のサービスが始まったものの、そのカバレッジは事実上、面ではなく点、という状態です。まずは、これが面になってからの話だと思っています。加えて、今は実質上「広帯域な4G」でしかなく、超低レイテンシのURLLCやマシン向けのmMTCは、まだいつサービスインするかの議論も始まっていません。その意味では、IIoTなどのフィールドには縁が遠いのかな、と。

むしろローカル5Gの方が先かもしれません。例えば工場の現場などで、Wi-Fiなどを使っていて繋がりにくかったのが、多少緩和されます。社内で閉じたネットワークなので外部からの侵入の危険性も無いですし。

実はアメリカではもうかなり盛り上がっていて、日本でも総務省が今年の周波数再編アクションプランでローカル5Gに言及していますので、ここで法制度が定まると来年以降は大きなトレンドになるんじゃないかと思います。

もちろん、工場でも厳しい環境にさらされる箇所はまだ有線の代替は難しく、全部を置き換えられる訳ではないと思いますが。

一方のブロックチェーンは、例えば自動車業界のように「サプライチェーンが非常に長く、かつそのチェーンに多数の企業が加わっている」といったケースでは管理の役に立ちますが、一つの工場の中でブロックチェーンを使ってもあまり意味がありません。単なるデータベースで十分でしょう。

それと、ブロックチェーンはトップダウンで導入しないと、なかなか普及しにくいんですね。自動車業界の例でいうなら、一番上流に当たる自動車会社さんが音頭を取って「ブロックチェーンを入れるぞ」と言っていただく必要があるでしょう。少なくとも私はボトムアップでうまくいった例を聞いたことがありません。

求められるのは「ソリューション」

[村田]大原さんのような概観する立場の方から見て、DXに関わる技術を手掛ける技術者や、技術を使って企画をする方に、メッセージはありますでしょうか?

[大原氏]もともと組込分野のエンジニアだったので、今みたいな仕事をしていても、つい他人事には見えなくて、概観できている気がしないのですが(笑)

それはともかく、そうですね……PFUさんご自身の例がとても分かりやすいので、例として説明させてください。

私から見るとPFUさんはScanSnapと産業用ボードを出しておられるメーカーな訳です。

ScanSnapは単なるスキャナーではなく、ソリューションですよね。紙をPDFにするだけでなく、整理したりOCR経由でテキスト化したりと。私も使っていますが、名刺管理などにとても重宝しています。一方、ボードの方は「産業用ボード」という要素技術として販売されていて、それを応用したいお客様が買われていく。

【ソリューションか、要素技術か?】

DXのメーカーさんを見ていると、後者のような要素技術だけをお持ちのメーカーさんが多くいらっしゃいます。例えば「ResNetで毎秒300枚画像処理出来ます」とか「メモリ利用量を半減できます」とか、「Wi-FiやLPWAに繋がりますよ」とか。で、「あとはお客様のお好きなようにどうぞ」と仰るわけです。

ただ、DXで本当に求められているのは、むしろScanSnapの様なソリューションだと感じていますし、メーカーさんも実は「ソリューション」として提供したい。ソリューションだと要素技術以上の付加価値をつけて販売できるので。

ではどうしたらソリューションを提供できるか?まず、要素技術の事だけを知っていても駄目で、お客様の業界の話など、要素技術以外の知識も無いと、ソリューションの提供は難しい。

ですので、そういうことが出来る様に、T字型と言われるような、「浅くてもいいので広い範囲の知識」と「いくつかの分野で深堀りした知識」を身に着ける事が大事、ということかと思います。

[村田]最後になりますが、今後DXを進めていくためには、何をしたらよい、と考えていますでしょうか?

[大原氏]これもどのレベルのDXの話なのか?という最初の議論に戻ってしまうんですが、たとえば今回のCOVID-19に絡んでリモートオフィスの実施率は?というと首都圏だと52.2%ですが、全国だと35.5%程度という数字があります。

もちろん、業種的にリモートで出来ないものもあるとは思うのですが、まだ紙や判子が残っているケースがとくに中堅企業さんでは多い。

あるいは製造業だと、そもそもスタンドアロンで動いてる製造装置が山ほどあるとか、そういう「DX以前」というお客様がまだ世の中には一杯いらっしゃる。

いち早く全部デジタル化されている会社さんももちろんありますが、そうした会社さんはやはり大きなところがほとんどです。中堅企業さんを含めた「全体レベルの底上げを図る」という意味で、「まずScanSnapでデータを電子化しましょう」とか、「製造装置をオンライン化しましょう」とか、そうした足回りを地道に固めていくことが、全体のDXを推進していくことになるだろうと思っています。

聞き手

村田 剛彦(インダストリープロダクト事業部 第一技術部 システムアーキテクチャ設計)
2002年にPFU入社。組込み機器のファームウェア開発やシステムアーキテクチャ設計に従事。現在は、組込みコンピュータや Deep Learningアクセラレータカード開発などを担当。PFUの組込みAIソリューションの提案強化に注力している。
趣味は、コーヒーと燻製作り。ネコをこよなく愛する猫アレルギー持ち。

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