お酒に音を聞かせると味が変化する!?
音響識別AIを活用した日本酒と海底で熟成させたウイスキー

(IT・ビジネスライター:柳谷智宣)

2021.1.8

海底熟成、という言葉を耳にしたことがあるでしょうか?お酒の瓶を海の底に沈めておくと、味や香りが変化するのです。ガラス瓶に入れて、完全に密閉した状態で沈めるのですが、なぜ変化するのでしょうか。今回は、海底でお酒を熟成させると、どうなるのかをご紹介します。

実は、海底熟成ウイスキーの味や香りが変化する理由は、「PFUの音響識別AI技術を活用した新日本酒体験プロジェクト」にも関係しているのです。

海底でお酒を寝かせるとどうなるでしょうか?

海底熟成で味や香りが変化するのは「振動」の力によるもの

海底熟成したお酒と出会ったのは2013年です。筆者は2011年から複業で「原価BAR」というバーを経営しているのですが、2013年に海底熟成ワイン「SUBRINA」という面白い商品があることを知り、取り扱うことにしました。

最初は、フジツボのような堆積物が付着したボトルが格好いい、という理由だったのですが、とても美味しく楽しめました。その後、興味があるなら、と沈めている現場に招待していただいたのです。

海底貯蔵庫は南伊豆にあります。美しい海の下には、鋼鉄のフレームと金属の巨大な柵が設置されており、その中にお酒を入れているのです。数千本の酒瓶が入るとは言え、大自然の力は強大です。波にさらわれないために、海底にしっかりと固定しています。台風の季節が終わったらお酒を沈め、台風が来る前に引き上げるので、海底に眠っているのは7~8ヶ月間です。

原価BARで海底熟成ワイン「SUBRINA」を取り扱うようになったのがきっかけです。

翌年から、筆者も一緒に潜るようになり、試しに市販されているウイスキーを沈めてみたのです。そして翌年、引き上げたウイスキーを飲んでみて驚きました。

それまでも、海底熟成ワインや海底熟成日本酒を飲み、味や香りの変化は実感していたのですが、ウイスキーはまったく別ものになっていました。誰でもはっきりとわかるくらいの違いです。もちろん、海水が混入したわけではありません。

最初に沈めた海底熟成ウイスキーを飲んだときには味の変化に驚きました。

水深20mとは言え、水圧は相当なものです。髪の毛一本の隙間があっても、お酒が海水と置き換わってしまいます。そのため、ウイスキーの蓋の上から蝋封しているのです。

なぜ、味や香りが変化するのでしょうか。海底熟成ワイン「SUBRINA」を販売している株式会社コモンセンスでは、水深10mから5m間隔で35mまで沈めてテストを行いましたが、変化はありませんでした。湿度ではありませんし、温度も関係なさそうです。

原因は「振動」だという結論になりました。海の中では、音速は空気中の4倍以上となる約1500m/sになり、音は空気中よりも遠くまで届きます。波の音や鯨の鳴き声、タンカーのエンジン音など、24時間365日、様々な音が飛び交っているのです。この振動により、変化が起きていると考えられます。

なぜ振動がお酒に変化をもたらすのか不思議に思い、お酒メーカーの開発部門の方に相談しました。一緒に色々と調査したのですが、原因はわかりませんでした。海底熟成ウイスキーを販売するにあたり、科学的な根拠が知りたかったのですが、どうしようもありません。もしかしたら、沸点と凝固点には変化があるかも知れない、とアドバイスされ、ラボまで紹介いただいたのですが、ウイスキーが沸騰する温度で味は語れないと考え、断念しました。

開発部門の方は、ここまで変化があるなら、官能テストの結果でも十分説得力があると言ってくれました。コモンセンスからはワインと被らないウイスキーであれば、ビジネスにしてOKと許可をもらい、またも複業でウイスキーの販売会社トゥールビヨンを起業しました。そして、スコッチウイスキーを2種取り寄せ、海底に沈めることにしたのです。これが、2018年に発売した海底熟成ウイスキー「トゥールビヨン」です。

2018年に海底熟成ウイスキー「トゥールビヨン」を発売しました。

海底熟成によりアルコールがまろやかになる方向の変化が起きる

熟成という言葉は定義が曖昧です。goo国語辞書によると、「成熟して十分なころあいに達すること」と「魚肉・獣肉などが酵素の作用により分解され、特殊な風味・うまみが出ること」「物質を適当な温度などの条件のもとに長時間置いて、ゆっくりと化学変化を起こさせること」の3つが記載されています。

1つ目と3つ目という意味で、海底熟成も熟成すると言ってよさそうです。しかし、ウイスキーを詰めたあとは熟成しない、という意見もあります。例えば、大手酒造メーカーのホームページでは「ウイスキーはワインとは違い、瓶詰め後は瓶内で熟成しません。ですので、それ以上美味しくなることはありません」と明記されています。

もちろん、ガラス瓶に移し替えれば、樽に入っている時のような熟成は進みません。しかし、海底で熟成させたお酒は、香りと味が明らかに変化します。一般的には、アルコールがまろやかになるのです。そのため、口当たりが丸くなり、飲む人やお酒の銘柄によっては長年熟成させたように感じることもあります。ちなみに、密封しているので当たり前ですが、アルコール度数は変わっていません。

海の底で眠るお酒は時と共に少しずつ変化していきます。

香りはお酒により、より香り高くなっていることもありますし、弱まっていることもあります。数え切れないくらいの銘柄をテストしたのですが、中にはちょっと嫌な感じの香りになったものもあります。

最初の海底熟成ウイスキーはバーボンの「メーカーズマーク」、ウイスキーのロールスとよばれる「マッカラン12年」、そしてジャパニーズウイスキーの「山崎12年」でした。「メーカーズマーク」と「マッカラン」は、筆者としては明らかに美味しく変化しており、衝撃を受けました。ただ、「山崎」はどちらかというとアルコール感が弱くなったことで力強さも弱まったような感じを受けたのです。海底熟成で変化する度合いや方向性は、元のお酒によって異なると言うことがわかりました。

毎年、多数の市販品を沈め、データ収集を続けています。現在のところ、アルコール度数も高い方が大きく変化する可能性が高くなっています。また、味わいが複雑なものよりシンプルなお酒ほど美味しくなる可能性が高くなっています。しかし、2020年の実験では、アルコール度数の低い瓶ビールがすべて格段に美味しくなっていたので、まだまだ調査が必要なようです。

PFUの音響識別AI技術を活用した新日本酒を体験してみた

2020年7月、PFUはアタラシイものや体験の応援購入サービス「Makuake(マクアケ)」にて、PFUの音響識別AI技術を活用した新日本酒体験プロジェクトを開始しました。なんと、日本酒を醸造する際に特定の音だけを聞かせるというものです。

日本酒の造り手は石川県能登地方の酒蔵「数馬酒造」です。能登地方には約350年前から伝承されている「あばれ祭」という神事があります。疫病払いの勇壮な祭りで、石川県無形民俗文化財にもなっています。しかし、今年の開催は新型コロナウイルスの影響で中止になりました。

そこで、石川県に本社を置くPFUは数馬酒造株式会社、リカー・イノベーション株式会社と手を組みました。PFUの音響識別AI技術を利用して「あばれ祭」から「歓びの声」だけを抽出し、日本酒に聞かせたのです。そしてできあがったのが、「継音(つぎね)」。原料は能登産五百万石100%で、精米歩合は60%、アルコール度数は15~16%となっています。

7~9月に行われた応援購入は目標30万円のところ、138万6000円となり大成功しました。

今回、特別に音を聞かせていないお酒と聞かせたお酒の両方をテイスティングすることができました。通常品は甘みと旨みがふくよかでキレがよく、食事と合わせたら、エンドレスで飲み進めてしまいそうなほど美味しい日本酒です。

「歓びの声」を聞かせた「継音」はやや香りが控えめになっています。甘みは少し和らぎ、キレ方もやや丸くなった印象です。旨みは変わらず、もちろんとても美味しいです。ウイスキーと比べると変化は小さいですが、それでも変化を感じます。

「歓びの声」を聞かせた「継音」も変化しており、美味しかったです。

クラシック音楽を聴かせながら造ったお酒はすでにありますが、祭りの雑多な音声から特定の声だけを抽出するというのは、技術力の高いPFUらしい取り組みです。

科学的に言うなら、音であれば周波数とか音量により違いが出ると思いますが、やはりお酒はロマンです。どんな音を聞かせたか、を知ることで、体感する味も左右されると思います。新たなるチャレンジを期待したいところです。

振動による熟成については、今後も調査と実験を続けていきます。お酒を楽しむ際の、新しい選択肢になれば幸いです。

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